ボース粒子とはパウリの排他律に拘束されない粒子をいう。
フェルミ粒子とはパウリの排他律が適用される粒子をいう。
パウリの排他律とは、一つの物理状態には唯一つの粒子しか存在し得ない、というものである。
つまり、一つの物理状態に複数のボース粒子は存在することができるが、一つの物理状態には
フェルミ粒子は一つしか存在し得ない。
以上は量子力学での話である。
欲求心理学においてもよく似た現象が現れる。
欲求心理学におけるパウリの排他律とは、量子力学のそれの一部を変え「一つの欲求充足状態には
唯一つの欲求しか存在し得ない」と考えられる。
欲求充足状態とは欲求を充足させ起動させることができる状態、させようとする状態のことで人間には
各個人一つしかない。
ボース粒子に対してボース欲求を考えよう。ボース欲求はパウリの排他律に従わないから、一つの
欲求充足状態には複数のボース欲求が入れる。
フェルミ粒子に対してフェルミ欲求を考えよう。フェルミ欲求はパウリの排他律に従うから、一つの
欲求充足状態には一つのフェルミ欲求しか入れない。
人間には一つの欲求充足状態しかないから、人間の欲求充足状態にはボース欲求は複数、フェルミ欲求は
唯一つ入れると言い換えることができる。
一つのフェルミ欲求が入った一つの欲求充足状態に複数のボース欲求が入り込むことも可能である。
フェルミ欲求には色々ある。食欲、睡眠欲、性欲、排泄欲はフェルミ欲求である。
人間にはみなと同じことをしたいという欲求があるがこれもフェルミ欲求である。
行動したいという欲求があるが、これはフェルミ欲求の人とボース欲求の人がいる。
あることを育てはぐくみたいという欲求は人間ではボース欲求であるが動物ではフェルミ欲求である。
これが人間と他の動物との違いである。
苦痛を回避しようとする欲求は子どもはフェルミ欲求だがおとなはボース欲求である。
例えば排泄しながら食事を摂る人はいない。これは排泄の欲求がフェルミ欲求であり、食欲も
フェルミ欲求なので同時に同じ欲求充足状態には入れないからである。
おなかがすいて、ひもじいという苦痛を感じ、それを減らそうとし食べ物を食べるということは
可能である。これは食欲はフェルミ欲求であるが苦痛を回避しようという欲求がボース欲求であるために
起こる。一つのフェルミ欲求と一つのボース欲求とは一つの欲求充足状態に入れるからである。
物理学者が、排他律、ボース-アインシュタイン統計、フェルミ-ディラック統計を発明したのは、
人間の心の中にボース的なもの、及びフェルミ的なものがあったからに他ならない。
参考文献)
量子力学については、
1)岸野正剛 著 「量子力学-基礎と物性」裳華房 1997年